子どもの頃、
私は父とよくチャンネル争いをしていました。
父が観ていたのは、時代劇『大岡越前』。
私は音楽番組やバラエティが観たくて、
「また大岡越前か……」
と、正直あまり興味を持っていませんでした。
でも40代になった今、
私はメルカリでDVDボックスを少しずつ買い揃え、
その『大岡越前』を夢中で観ています。
人生って、本当に分からないものです。
■ 父は、身体が不自由だった
父は私が幼い頃に病気で倒れ、
身体が不自由になりました。
働くことも難しくなり、
母が家族を支えていました。
そんな父にとって、
『大岡越前』は特別な作品だったのかもしれません。
当時の私は、
なぜそこまで夢中になるのか理解できませんでした。
でも今なら少し分かる気がします。
■ 理不尽に立ち向かう姿
休職中、
私は会社という組織の理不尽さに押し潰されていました。
パワハラ。
否定。
不条理。
何が正しくて、
何が間違っているのか分からなくなっていました。
そんな時に観た『大岡越前』。
その中で描かれていたのは、
– 立場で判断しないこと
– 弱い人の声を聞くこと
– 決めつけないこと
– 最後まで真実を見ようとすること
でした。
私は画面を見ながら、
何度も涙が止まらなくなりました。
■ 「第三部 第3話 天下の果し合い」
特に心に残ったのが、
「第三部 第3話 天下の果し合い」です。
詳しい内容は伏せますが、
人の弱さや誇り、
そして真っ直ぐ生きることの難しさが描かれていました。
夜中、パソコンの前で一人泣きました。
こんなにも人の心を丁寧に描いた作品があったのかと。
そして思いました。
父は、この世界に何を感じながら観ていたのだろう、と。
■ 今になって分かること
子どもの頃は分からなかった。
でも、
挫折を経験した今だからこそ、
父が見ていた景色が少しだけ分かる気がしています。
身体が不自由だった父は、
きっと『大岡越前』の中に、
– 理想
– 強さ
– 優しさ
– 正しさ
を重ねていたのかもしれません。
今の私は、
そんな父の背中を思い出しながらDVDを観ています。
■ 時を超えた対話
父はもうこの世にはいません。
でも、
『大岡越前』を観ている時間だけは、
不思議と父と会話しているような感覚になります。
「あの時、チャンネル替えてごめんな」
そんなことを思いながら、
今日も私は再生ボタンを押しています。
人生には、
若い頃には理解できないものがある。
でも、
遠回りしたからこそ、
見えてくる景色もあるのだと思います。
【しめ】
昔は退屈だと思っていたものが、
人生のある時期になると、
急に胸に刺さることがあります。
年齢を重ねるって、
そういう「受け取り方」が増えていくことなのかもしれません。
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